2013/06/18

ウルトラマラソン最終話



先日ランネット(マラソンの大会検索サイト)で順位が発表されていました。

男子100Km部分で1069位でした。

完走者として14時間の制限時間内にゴールした人達は1143名。

エントリーが1920名(当日会場に来なかった人がいるでしょうから実際はもう少し少ないかも?)

完走者の割合は59.5%になります。

50歳〜54歳は165人、55歳〜59歳は76人、合わせて241人が完走しました。

50歳台のエントリー数は364人なので完走率は66.2%になります。

フルマラソンの東京マラソンでの完走率は96%にもなるのですから、いかにウルトラマラソンが過酷かがわかります。

しかも東京マラソンは初めてフルマラソンを走る人も多くいる大会に比べ、ウルトラマラソンの参加資格は過去にウルトラマラソンもしくはフルマラソン完走者に限るとなっていてもこの低い完走率です。

完走しただけでも良くやったと思うことにしました。

来年は走力、エネルギー補給、装備など準備を整えて再挑戦したいと思います。

ウルトラマラソン独特のペース配分、エイドの使い方、仲間の見つけ方も経験したので、次回は12時間台で完走したいと思います。

更に年代別順位も発表されていました。

男子55歳〜59歳の部門で76人中64位でした。

皆さん凄いですね。

70歳台のランナーが12人中5人完走されたことです。

しかも私より早いタイムで!

来年はせめて順位半分以内を目指します。

既に
7月28日にランステ150分間走
8月25日山日富士吉田火祭りロードレースで21.0975のハーフマラソン
9月29日つるみ川61Kmみちくさウルトラマラソン
10月27日大阪マラソンの42.195Km
にエントリーを済ませています。

最後になりましたが、今回完走出来たのは、後半の長い距離をリードしてくれた後藤さん、大村さんが居てくれたからです。

ゴール後に会えなかったのが本当に心残りです。

もしこのブログを見つけたら是非とも書き込みして下さい。

会ってお話をしたいと思います。

またランステの水曜朝練の皆さんからはたくさんの励ましやお祝いのメールを頂きありがとうございました。

マラソンって一人孤独なスポーツかと思っていました。

しかしこんなにも多くの仲間が出来るとは想像もしませんでした。

マラソンを始めたきっかけは自分自身の体力、気力を確かたいと思ったからです。

やってみて、辛くても諦めない根性と目標に向かって一歩ずつ進む粘り強さが身についてきた気がします。

きっと仕事や今後の人生の糧になると思います。

水曜朝練のウルトラマラソン経験者が「ウルトラ完走の先にはフルマラソンとは違う世界が見えてくるよ」と話してくれたのはこの事だと思います。

57歳10ヶ月で100Kmを走った事はフルマラソンより大きな感動を与えてくれました。

2013/06/17

ウルトラマラソンその3


元気を回復した私はゴールを目指して走り始めましたが、まだ45Kmもあります。

100Kmといえばフルマラソン2回+18Kmです。

新幹線で東京駅〜熱海駅が95キロ、新大阪駅〜京都駅は片道39キロなので往復+22キロも走らなければなりません。

やっと60キロを超えました。

経過時間は8時間05分、後6時間しかありません。。

今から新大阪〜京都間を走らなければゴールはやってきません。

そんなときたまたま前を二人の男性ランナーが走っていました。

コースには1キロ毎に距離を書いた赤いコーンが置かれています。

工事中の道にある赤い▲のコーンです。

それを使えば1キロの所要時間を計ることが出来ます。

計ると7分15秒程です。

これなら何とか付いて行けそうです。

しばらく後ろをピッタリ付いて走りながらリズムを回復しました。

60キロの通過に既に8時間6分使ってしまっています。

このままキロ7分〜8分で走り続けたとしてもゴールするのはぎりぎりです。

前の二人のランナーは話しをしながら走っていました。

私も話しの中に加えて貰うことにしました。

一人は四十代の後藤さんでウルトラマラソンは初めて、しかし以前に富士五湖の72Kmの経験者で知識も豊富で彼がリードしてくれました。

もう一人は六十六歳の大村さんです。

大村さんは今回が25回目のウルトラマラソンだそうです!

経験者二人を得てとても元気が出てきました。

朝練の人達もフルマラソンと違ってウルトラマラソンはペースもゆっくりなので話しをしながら走って友達ができますよと言ってました。

マラソンの話しを中心に65Km〜70Km通過9時間30分〜75Km10時間08分〜80K10時間55分と進みました。

陽が沈み始めると急に寒くなり、70Kmのエイドで大きなビニール袋を貰って頭と腕の部分を破り、かぶって走りました。

汗で濡れたウェアに向かい風が当たり寒くて辛いのです。

朝練のアスリートランナーでウルトラマラソンの聖地であるサロマ湖ウルトラマラソンに何度も参加している方が「制限時間の3時間前に80Kmを通過すれば完走出来る」と教えてくれたことを思い出し、互いに励ましあいながら進みました。

80Kmを10時間55分で通過!

制限時間14時間から差し引くと3時間5分前に通過しました。

残り20Kmハーフマラソンの距離を190分以内で走らねばなりません。

キロ9分ありますが、エイドの休憩を考えるとキロ8分以内で走り続けなくてはなりません。

私はハーフマラソンではキロ5分で走り続けられますが、今は8分でもぎりぎりな程疲れています。

確実に言える事は「もう絶対に歩けない!」ということです。

歩けば完走は不可能です。

残り20キロを過ぎると、19、18、17と残りのキロ数を数え始めるようになりました。

遠くに明るい光りが見えてきました。

ゴールです。

しかしこのマラソンコースは45Km地点を折り返し、一旦ゴールまで戻ると45Km×2=90Kmで、ゴールを過ぎて5Km下りまた5Km戻り100Kmになります。

ランナーにとってはこの往復10Kmが精神的に一番きついのです。

ドMなコースなんです。

ここまで三人で励ましあいながら走って来たのですが、ここで異変が起こりました。

大村さんが遅れ始めたのです。

遂に「後から追うので先に行って下さい」と言われ最初は「ここまで来たんだから最後まで三人で走りましょう」と言って数キロ走ったのですが、遂に後藤さんと私の二人で走る事になりました。

最後の関門である90Km地点は閉鎖10分前に通過したのできっと大村さんも制限時間内に完走するはずと信じて走り続けました。

しかし、93キロを過ぎたあたりから後藤さんが膝の痛みを訴える様になりました。

その前から右膝が痛むと言ってたのですが、エイド毎に屈伸運動をしたりしてここまで来たのでした。

後藤さんからも「先に行ってて」と言われ断腸の思いで別れて一人走り始めたのです。

ここまで来れたのは、大村さん、後藤さんが居てくれたから。

工事現場にある照明が照らすだけの暗い道を5キロの折り返し点を目指して走りました。

一人で走る辛さといったら言い表せません。

95Kmで折り返して後5キロ!時間は午後9時23分

後4キロ、3キロ最後のエイドでスイカが置いてありました。

私はスイカが大好きです。

これまでのエイドにはスイカはありませんでした。

時計をみると13時間30分です。

残り時間は30分。

30分で2.5Kmを走れば完走です。

キロ8分なら20分。

スイカ食べる事にしました。

一気に10切れほど食べたでしょうか?

これまで57年生きてきてこれ程に美味いスイカは食べたことがありません。

冷えてなんかないんですよ!

もっと早く来たランナーは冷えたスイカが食べられたのかも知れませんが、最後の最後に来た私が食べたのは生温い、常温のスイカです。

しかしホントに美味いスイカでした〜!

こんな遅い時間までエイドで待ってくれるボランティアスタッフに感謝の言葉を述べてまた走り始めました。

遂に後1キロ。

500m!

ゴールゲートが見えてきました!

午後13時間50分遂にゴールしました。

気になるのは後藤さん、大村さんのことです。

ゴールしてフィニッシヤータオルとメダルを貰って直ぐにゴールゲートに戻り二人が来るのを待ちました。

しかしなかなかやってきません。

時間はどんどん過ぎていきます。

遂に制限時間になってしまいました。

気がつかない内にゴールしたのか?それとも痛みで走れなくなったのか?

理由がわからないまま着替えを済ませて帰途につきました。

2013/06/14

ウルトラマラソンその2

スタートして約30Kmはキロ6分30秒のゆっくりペースで進みました。

先ずは順調です。

途中のエイドで、NHKのランスマの取材班とスマイルランナーの中村優ちゃんに会いました。

いつも見てますよ〜と声をかけるとにこやかに手を振ってくれました。

しかしその後、何だか急に足がでなくなり、眠くなってきました。

この状況ははなももマラソンの32Km地点でも起こりました。

その時は最初飛ばし過ぎて後半バテバテになったのですが、今回は十分にゆっくり走りはじめたからバテるはずがないのに!

遂に歩きはじめてしまいました。

まだ後70Kmもあるのに!今から歩いててどうなるの?

あまりに眠い(´Q`)。oOので土手に下りて大の字になって眠る事にしました。

春の暖かい風が吹いてすごく気持ち良く眠ってしまいました。

どれくらい寝たか?目がさめるとたくさんのランナーが走っています。

起き出して走ったのですがまだダメで、また5キロ程でまた寝てしまいました。

だましだまし何とか45Kmの大エイドステーションにたどり着き、スタート地点で預けてあったドロップバックを受け取りました。

ドロップバックとは縦50cm、横30cm程の大きさのビニール袋でここに着替えのウェアやソックス、シューズ等を入れて、スタートの時に預けておく袋のことです。

大会事務局が中間地点まで運んで来てくれるのです。

60Km部門にはありません。

私はウェア、ソックス、シューズ、ポケットに入れられる小さなエアサロンパスを預けていたので着替えをしました。

回りのランナーも地面に大の字になって寝転がっています。

ここで約30分程休憩してオレンジやトマトを食べてまたスタートです。

45Km地点で既に6時間経過しています。

携帯電話を持っていたので奥さんに眠くなる事を電話で話しました。

すると直ぐさま「それは低血糖になってる症状だからオレンジなんかじゃなくバナナとかおにぎりとか糖質を摂らなきゃ治らない」と言われました。

奥さんは管理栄養士なので診断は間違いないでしょう。

しかしはたしてこの先のエイドで糖質の物はあるでしょうか?

50Km地点でまた寝て55Km地点のエイドでラーメンが出ていました。

確か行きはあまりに混雑していたのでパスした所です。

遅くなって到着したのでガラガラでした。

半玉程の量のラーメンをむさぼるように食べると、エイドのボランティアのスタッフもお代わりしてくださいと言ってもう一杯持って来てくれました。

本当は行きで食べるべきだったのです。

水曜朝練のウルトラマラソン経験者の仲間も、早い内に食べておけとアドバイスしてくれていたのです。

栄養補給の為と、もう一つの理由は長く走ると胃袋が揺れて食べ物を受け付けなくなったり、食べても吐いたりするからだそうです。

しかし幸い胃袋が食べ物を受け付けなくなるほど連続で走らなかった為かラーメン二杯をペロリとたいらげることができました。

走り始めてしばらくすると眠気も嘘のように無くなり、脚もが回復してきました。

2013/06/11

ウルトラの世界に脚を踏み込んでしまいました。

6月1日土曜日に東京都葛飾区の柴又駅に2800人のウルトラマラソン大会荒川河川敷参加者が集まりました。

送られてきたパンフレットには100Km部門に男子1920名、女子194名。

60Km部門には男子766名、女子206名。

合計3086名が参加しました。

東京都で初のウルトラマラソン大会の日です。

柴又駅から徒歩8分の荒川河川敷を上流に向かって走ります。

埼玉県を越えて茨城県に入り、同じ道を戻ります。

制限時間は14時間。

朝8時にスタートして、夜10時迄にゴールしなければなりません。

なぜウルトラマラソンに出る事にしたのか?

今年1月の館山若潮マラソンを皮切りに、東京、はなもも、洞爺湖のフルマラソンを四大会参加しました。

はなももは残念ながら4時間8分かかりましたが、後の三大会はサブ4(4時間切り)で完走することができました。

昨年7月から参加した、ランニングステーション麹町の水曜朝練の仲間がウルトラマラソンに挑戦しているのを見て、いつかは自分も挑戦してやろうと思っていました。

しかし、その距離もさることながら、ウルトラマラソンは、地方開催であること、スタート時間が午前4時や5時と早く、前泊が必要であるなど参加が難かったのです。

しかし第一回東京柴又100Kは初めての東京開催でのウルトラマラソン大会で、スタートも午前8時、終了が午後10時で日帰りが可能な大会です。

参加費用は18,000円と少し高めですが、宿泊や交通費を考えると安いといえます。

完走出来るか?出来ないか?は全くわかりません。

何しろフルマラソンの距離42.195Km以上は未知の距離なので自信はありません。

水曜朝練の仲間も100Km部門に女性が一人、60Km部門にも女性が一人参加します。

女性で100Kmや60Km走るなんて凄いですよね。

朝練ではウルトラマラソンの聖地サロマ湖で開催されているウルトラマラソンや富士五湖のウルトラマラソンに参加した仲間からいろいろなアドバイスを貰いました。

何はともあれ走るしかありません。

当日は始発に乗って7時には会場に到着しました。

既に気温は20度を超えて暑くなってきました。

申告タイムが早い順にA〜Jまで10組に分かれ、2分毎のスタートです。

私はHなので八番目すなわち8時16分にスタートしました。

私の計画では最初の45Kmは1Kmを6分15秒で入る予定です。

約2.5Km毎に置かれたエイドと呼ばれる給水、給食がある場所では5Km毎に立ち寄り一カ所3分として45Kmを約5時間10分。

45Km地点の大エイドステーションでは着替える時間をみて30分立ち寄り。

帰りは1キロを7分、5キロ毎にエイド立ち寄り5分として帰りは7時間15分。

合わせて12時間25分で完走の予定です。

ところがこの後想定外の事態が次々と起こり大変な事になってしまいました。(・_・、)